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京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)10号 判決 1984年9月18日

原告

伊藤堅二

外八名

原告ら訴訟代理人

加藤英範

渡辺哲司

被告

林田悠紀夫

訴訟代理人

堀家嘉郎

前堀政幸

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一当事者間に争いがない事実

請求の原因(一)(当事者の地位)、(二)(本件調査の実行及び本件支出負担行為等)及び(五)(監査請求)の各事実は、当事者間に争いがない。

二本件の判断に必要な前提事実(本件調査及び支出負担行為等の経緯)の認定

<証拠>によると、次の事実が認められ、<証拠判断略>。

(一)  府では、昭和四六年三月策定にかかる「第二次京都府総合開発計画」で、北部地域の開発構想の一環として、地方空港の設置及び緊急連絡用のヘリポートの設置が調査・検討の課題とされていた。府は、その後、昭和五四年六月から、京都府総合開発審議会に第三次京都府総合開発計画について審議をさせたが、同審議会の討議の過程で、委員から右地方空港等の設置についての調査・検討がなされていないことが指摘された(その後、昭和五六年一二月に府知事に答申された「第三次京都府総合開発計画」には、地方空港等の必要性について検討することを重ねて提言している)。

他方、国の「第三次全国総合開発計画」により、福知山市外一六市町が京都府北部モデル定住圏に指定されたことから、府は、その計画を具体化するため、昭和五五年一月、京都府北部定住圏計画策定委員会を設け、同年八月「京都北部モデル定住圏計画」が策定された。この計画でも、その方策の一つとして、地方空港及びヘリポートの必要性などについて検討することが取りあげられた。

(二)  以上のような状況を受けて、府の企画管理部は、昭和五五年、交通対策課に担当させて、地方空港の設置問題についての具体的検討を開始することとした。交通対策課は、行政内部の検討素材として、専門機関に委託して空港立地可能性調査(必要性調査及び概略適地調査)を行うことを企画し、交通網整備調査費(空港関連事前調査費)の項目で金一二五〇万円の予算の見積りをし、昭和五五年九月の補正予算に計上することを要求した。右の予算要求は、最終的には知事(被告)の復活査定を経て、原案通り昭和五五年九月補正予算案に計上されることになつたが、その際、被告及び担当の野中副知事は、右調査は、行政内部での検討素材とするために行うものであるから、調査の事実を外部に公表しないように指示した。

(三)  右補正予算案は、同年九月京都府議会定例会議に第一号議案として提出されたが、右調査費一二五〇万円は、補正予算のうち「款 総務費」「項総務管理費」二億七九一三万円中に他の経費分と合わせて計上された。

また、右調査費は、右補正予算案とあわせて提出された「昭和五五年九月京都府議会定例会予算に関する説明書」では、「款 総務費」「項 総務管理費」「目 一般管理費」中の各「節」に、被告の主張(一)1のとおり区分されて計上されたが、同説明書の「説明」欄には、委託料一〇〇〇万円のみが、京都府国鉄山陰本線複線電化促進協議会及び京都府南部地域国鉄線等整備促進協議会に対する事業補助金四二五万円と合わせて「国鉄輸送力増強推進費一四二五万円」として記載され、他は、「知事部局一般管理事務費」等に分けて記載された。

さらに、補正予算の審議にあたつた京都府議会総務常任委員会に府側から提出された資料に基づいて作成された「補正予算主要事項の説明書」には、右国鉄輸送力増強推進費一四二五万円の内訳が「国鉄線等整備促進費(南部線・宮福線)一〇〇〇万円」、「国鉄線整備促進協議会助成費四二五万円」として具体的に示され、所管の企画管理部長は、右予算は、国鉄線整備促進費、主として南部線の調査・研究に使用する旨を総務常任委員会で説明した。

(四)  府では、その当時、山陰線複線電化事業が一応軌道に乗つたことから、次には府南部地域の国鉄線(これを南部線と総称した)の建設ないし複線電化が重要な課題になつており、同年六月には、関係市町村を糾合して「京都府南部地域国鉄線等整備促進協議会」が設立され、南部線の整備のための調査研究を行うことが決められたところであり、前記企画管理部長の説明は、そのような事態に符合していたことから、総務常任委員会では、特に質議もなく全員がこれに賛成した。

(五)  前記補正予算案(第一号議案)は、同年一〇月一六日、本会議で可決された。

(六)  府(交通対策課)は、空港立地可能性調査の委託先について検討し、他県での調査に実績をもつ空港関係調査業務の専門会社である訴外会社を選定し、交渉の上、昭和五六年一月二〇日付で、訴外会社と本件調査の業務委託契約を締結した。委託料は、訴外会社の要求や他県の事例等をも参考にして金一二五〇万円に約束された。そこで、委託料不足額金二五〇万円は、前記調査費のうち委託料以外の「節」に予算計上された費目を流用して捻出することとした。委託期間は、同年一月二〇日から三月三一日までと定められ、調査内容は、必要性調査、概略適地調査、立地可能性調査に区分され、仕様書により詳細にその内容が規定された。

(七)  訴外会社は、右契約に基づいて調査を進め、昭和五六年、府に対して、本文二〇〇頁に及ぶ「京都空港立地可能性調査報告書」(乙第二一号証)を提出した。右報告書の表紙には、「昭和五六年三月」と記載されている。

訴外会社は、右の報告書の外に、府に対し、同年六月九日付で「京都空港立地可能性調査中間報告資料」と称する手書きの報告書(甲第一六号証)も提出した。

(八)  府の出納長は、被告の支出命令に基づき、昭和五五年度出納閉鎖日に先立つ昭和五六年五月二二日、訴外会社に委託料金一二五〇万円を支払つた。

(九)  昭和五五年会計年度の決算は、昭和五六年九月府議会に提出され、決算特別委員会に付託されて審議されたが、そこでは、金一二五〇万円の具体的使途が秘匿されたし、同年度の主要な施策の成果に関する報告書にも、国鉄輸送力増強推進事業として右予算が執行されたように記載された。

(一〇)  決算特別委員会副委員長府議会議員訴外西山秀尚は、同委員会の席上、地方空港に係る調査の有無について質問をしたところ、府側は、被告の指示に従い本件調査の事実自体を否認したが、後に、前記甲第一六号証の報告書が同議員の手元にあることを知り、調査の事実を認めたうえ、所要の委託料が昭和五五年九月補正予算の国鉄輸送力増強推進費の項目から支出された旨本件調査の経過を説明した上、さらに、昭和五六年度以降も調査を継続する方針であることを表明した。

同委員会では、以上の経過を踏まえて決算の審議がなされたが、空港の必要性あるいは立地可能性について調査・検討を加えることの必要性自体は格別問題とならず、本件調査の委託料の支出を含む昭和五五年度決算が認定され、さらに、昭和五六年一二月二四日、本会議でもこれがそのまま認定された。

(一一)  府は、昭和五六年度以降も、空港立地可能性調査を訴外会社に委託する等して調査を継続し、昭和五六年度四〇〇万円、昭和五七年度七〇〇万円等の予算を要求し(但し、昭和五六年度は昭和五五年度と同じ項目、昭和五七年度以降は交通網整備調査費として要求)、府議会は、これを認めて予算を可決した。

三以上認定の事実に基づいて、本件請求の当否について検討する。

(一)  被告は、予算に関し議会の議決の対象となるのは「款」「項」のみであり、予算に関する説明書の「目」「節」の記載は審議資料にすぎず、また、本件説明書の「説明」欄の記載は、法定の予算説明に当たらないから、共に地方公共団体の長の予算執行を拘束せず、本件支出負担行為等は何ら違法ではないと主張する。

しかし、法二一一条二項が予算を提出するときに予算に関する説明書をあわせて提出するよう定め、法の施行令がその様式を定めた趣旨、ひいては議会の予算審議権に鑑みると、知事が、空港調査という一定の施策に要する経費を予算に計上しながら、議会に対しては、これをことさらに国鉄輸送力増強推進という他の施策に要するものとして虚偽の説明をして、いわば議会を欺罔して予算の議決を得ている場合にも、なお、この予算の流用支出を、地方公共団体の長の予算執行権の範囲に属する適法な財務会計行為に属するとすることは、このような脱法行為を正当視することになり、到底是認されないと解するのが相当である。そして、このことは、本来の使途を明らかにした場合に議会が予算を議決したであろうと考えられる場合でも、同様である。

(二)  しかし、仮に本件支出負担行為等がこの点で違法であつたとしても、これによつて府に具体的な損害が生じていないことは明らかである。すなわち、

府では、従前から地方空港設置の可能性について調査・検討を加えることが懸案になつており、その検討資料を得るために本件調査を行う必要があつたこと、右の必要性自体は、府議会においても異論がなく、そのため本件調査の委託料金一二五〇万円の支出を含む昭和五五年度決算が府議会で認定され、かつ、昭和五六年度以降も、引続いて、本件調査の継続に要する経費が予算に計上され議決されたこと、及び、本件調査委託料金一二五〇万円の支出に対して、訴外会社からは、調査委託契約所定の仕様に見合つた調査報告書が府に提出され、その後の施策の検討に利用されていること、以上のことからすると、右の調査報告書(本件調査の結果)は、府にとつて有用であり、かつ、その金銭的な価値は、その対価である調査委託料金一二五〇万円に見合うものであると推認される(原告は、この点を積極的に争つていない)から、右調査委託料の支出によつて、府は、何らの損害も被つていないというほかはない。

なお、右調査報告書が昭和五六年三月末日までに提出されたかどうかについて、当事者間に争いがあり、本件証拠上必ずしもこれを認定し難い(この点に関する乙第六号証、同第一五号証及び証人片山健三の証言は、前記甲第一六号証の内容や乙第一七、一八号証に記載された調査予定期間((最短))に照らして直ちに採用できない)が、仮にその提出が昭和五五年会計年度を超えていたとしても、予算執行手続上の問題が生ずることは格別、そのことから直ちに府に現実に損害が生ずるものではないから、このことは、前記の結論を左右しない。

さらに、原告らは、本件調査は自衛隊の航空基地の設置を目的とする調査であると主張するが、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、このことが認められる的確な証拠がないばかりか、却つて、本件調査の必要性自体は前記のとおり明らかであり、かつ、予算の議決権を有する府議会もこれを認めているのである。したがつて、原告らのこの主張も採用できない。

(三)  まとめ

本件支出負担行為等によつて府が損害を被つたことが認められない以上、府に代位してなす本件損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰着する。

四むすび

以上の次第で、本件請求は理由がないから棄却することとし、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(古﨑慶長 小田耕治 長久保尚善)

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